大判例

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大阪高等裁判所 昭和62年(う)429号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収してある脇差一振り(昭和六二年押第一二二号の一)及び脇差の鞘一本(同押号の二)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人前田知克作成の控訴趣意書記載のとおり(ただし、弁護人において、控訴趣意第一は、過剰防衛の成立を認めなかつた原判決に、事実誤認ひいて法令適用の誤りがあるとの主張であり、同第二は、自首の主張に対し明示の判断を示さず、かつ、自首減軽も行わなかつた原判決に、訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りがあるとの主張である旨釈明)であるから、これを引用する。

一控訴趣意第二(訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りの主張)について

論旨は、原判決は、弁護人が原審において主張した自首の成否につき明示の判断をしておらず、また、明らかに自首が成立するのに自首減軽をしていないから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討するのに、原判決が、原審弁護人の自首の主張に対し明示の判断を示していないことは、所論のとおりであると認められるが、自首のように、刑の減軽が裁判所の裁量に委ねられている事由は、刑事訴訟法三三五条二項にいう「刑の加重減免の理由となる事実」に含まれず、右事由の存在が主張されても、裁判所がこれに判断を示す義務はない。また、原判決が、本件につき自首減軽をしていないことは判文上明らかであるが、自首が成立する場合でも、宣告刑が処断刑の範囲に含まれる限り、これを理由に刑の減軽を行う必要はなく、量刑の一事情として考慮すれば足りることも、自首が裁量的減軽事由とされている趣旨に照らし当然である。従つて、原判決に、所論の訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りは存しない。論旨は、理由がない。

二控訴趣意第一(事実誤認ひいて法令適用の誤りの主張)について

論旨は、本件における被告人の行為は、被害者Aによる急迫不正の侵害から自己の生命、身体を守るためにした防衛行為であつて、本件については過剰防衛が成立する。しかるに、原判決は、右Aが、「おどれ。……いわしてもうたる。」と言いながら立ち上り攻撃しようとしたという証拠上明らかな事実を認めず、単に、右のように言いながら「立ち上ろうとした」との事実のみを認めて、右は侵害の着手にあたらないとし、また、被告人が、従前の経験から、このままでは殺されてしまうと恐怖にかられ、防衛の意思で行つた本件行為を、積極的な攻撃行為と誤認するなどした結果、過剰防衛の成立を否定したものであるから、原判決は、事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤つたものである、というのである。

そこで、検討するのに、原判決書によると、原判決が、本件につき過剰防衛の成立を否定するにあたり認定した事実は、概略次のとおりである。すなわち、

(1)  被告人は、かねてより、実兄Aから、しばしば理由のない暴力を振るわれ、本件の一月足らず前には、高額の金員の支払いを要求された上、激しい暴行を受けて右腕等を骨折して入院し、本件当時、利き腕の右腕をギブスで固定した状態であつたこと

(2)  Aは、右暴行後も、被告人を殺してやるなどと放言し、本件当日には、被告人が経営する縫製工場のミシン、自動車等をつるはしで壊してしまつたこと

(3)  被告人は、警察官に対し、Aを器物損壊で告訴したが、家族の状況が心配で、この際、Aと話をつけるほかないと思いつめ、原判示B方に赴いたが、同女方屋内から聞こえてくる「殺してやる。」などのAの怒声に危険を感じ、いつたん帰宅して、護身用に刃渡り約四五センチメートルの脇差を携え、再び右B方に赴いたこと

(4)  同女方奥六畳の間で坐つているAに対し、被告人が声をかけたところ、同人は、「おどれ、来やがつたんか。いわしてもうたる。」と怒鳴つて立ち上ろうとしたこと

(5)  これを認めた被告人は、同人に対する積年にわたるうつ積した気持が一気に爆発し、同人に傷害を負わせて再び乱暴狼藉ができない身体にしてやろうと決意したこと

(6)  そして、被告人は、所携の脇差を抜き放ち、これを左手で握持して、両手を後方に突いて立ち上ろうとしているAの大腿部目がけて一回突き刺したが、手元が狂つて同人の左脇腹に突き刺さり、更に体を起こした同人の右大腿部に一回強く切りつけ、同人に対し、左前腹壁刺切創等の傷害を負わせ、翌日同人を死亡させたこと

以上のとおりである。

原判決は、その上で、右(4)記載のAの行為をもつてしては、いまだ被告人に対する現実の侵害行為があつたとは認め難く、かりに何らかの侵害行為の着手があつたとしても、被告人は、Aの侵害行為を確実に予期し、この機会に同人に積極的に攻撃を加えて禍根を取り除こうとする強い意思で行動したと認められるから、本件については、急迫不正の侵害又はこれに対する防衛行為があつたとは認め難いとして、弁護人の過剰防衛の主張を排斥している。

しかして、原判決が認定した前記(1)ないし(6)の各事実のうち、(1)ないし(3)の各事実、及び(6)のうち被告人が所携の脇差でAの身体を突き刺し、原認定の経緯で同人を死亡させた事実については、所論もこれを争つておらず、証拠上もきわめて明らかなところである。

次に、(4)及び(6)の事実中、被告人がAに声をかけたのちの同人の行動につき、所論は、原認定と異なり、同人は、現実に立ち上つており、被告人に攻撃を加えようとしていたものである旨主張する。しかして、被告人の原審及び当審各公判廷における供述中には、右所論に副う部分もあるが、被告人は、捜査段階においては、脇差でAを刺す際、同人は、両手を後方に突いて立ち上ろうとしていたにすぎない旨一貫して供述しているところ、被告人の公判廷における前記供述には、必ずしも前後一貫しない点もあり、右捜査段階における供述と対比しにわかに措信し難く、他に、この点に関する原認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、進んで、前記(5)の認定を争う所論につき判断するのに、この点に関する原認定は、被告人の司法警察員に対する各供述調書の記載と符合し、また、証拠によつて認められる前記(4)(6)の事実等に照らし、これを是認し得るように思われないでもない。しかし、被告人は、原審及び当審各公判廷において、「兄がいわしてもうたると言つて立ち上つたのを見て、このままではやられてしまうと思い、足を狙つて脇差を突き出した。」旨弁疏しているところ、被告人の検察官に対する供述調書中にも「兄が立ち上ろうとしたのを見て、やられてしまうと思い、……脇差を突き出した」旨の、前記公判供述に近い供述が録取されている上、証拠上明らかな前記(1)ないし(3)の従前のいきさつを加えて考察すると、当時の両名の体勢、位置関係及び武器の差等後記①ないし⑤認定の諸点を考慮に容れても、被告人において、Aの行動に憤激するとともに、利き腕を使えないという不利な肉体的条件も手伝い、同人に立ち上られたら自分がやられてしまうと恐怖にかられ、予想される同人の攻撃から自己の身体を守るためには、機先を制して脇差による攻撃を加えるほかないとの気持から原判示所為に出ることは、十分あり得るところと考えられる。従つて、原認定に副う被告人の司法警察員調書の記載は、にわかにこれを措信することができず、結局、被告人は、右に指摘したような、同人に対する憤激の念と防衛の意思の併存する状態で原判示所為に出たものと認めるのが相当であつて、これを、専ら積極的加害のみの意図に出たものと断じた原判決は、事実を誤認したものといわなければならない。

そこで、更に進んで、所論のいう過剰防衛の成否につき判断するのに、すでに説示したとおり、被告人がAの足を狙つて脇差を突き出した際、①同人は、立ち上ろうとして、両手を後方に突いて上体を起こしかけていただけであつて、被告人に対し、直ちに攻撃を仕掛け得る態勢にはなかつたのであるが、更に証拠によれば、②同人が立ち上る気配を示した際、被告人は、原判示B方奥六畳の間前の廊下において、半開きのふすま越しに約2.25メートルの距離を置いて、座つているAと対峙していたものであること、③両名の間の室内には座卓などの障害物もあり、右座卓とその脇の押入れの間の間隔は、せいぜい五〇センチメートル程度しかなかつたこと、④Aは、当時飲酒してかなり酩酊していた上に素手であつたこと、⑤他方、被告人は、利き腕の右手が使えないという不利があつたとはいえ、刃渡り約四五センチメートルの脇差を所持していたことなどが明らかである。そして、これらの事情をも総合して考えると、かりに、「いわしてもうたる。」と言いながら立ち上ろうとしたAにおいて、その直後に被告人に対する攻撃を意図していたとしても、右に示した相互の位置関係、障害物の存在、及びAの酩酊状況等からみて、同人が被告人に対し素早く攻撃を仕掛けることは著しく困難であつたと認められ、従つて、被告人としては、所持する脇差を示したり、六畳間との仕切りの襖を締めたりして、同人に攻撃を思い止まらせる努力をしたのちであつても、その攻撃から自己の身を守ることが十分できたと考えられるのであるから、Aが両手を後方に突いて立ち上ろうとした段階においては、同人による被告人の身体に対する攻撃(「不正ノ侵害」)が、いまだ切迫していたとは認められない。従つて、本件については、犯行時における被告人の主観的意図のいかんにかかわらず、過剰防衛は成立しないといわなければならない。そうすると、過剰防衛の成立を否定した原判決の結論は、相当としてこれを是認すべきであり、被告人の主観的意図に関する原判決の前示事実誤認は、それ自体では判決に影響を及ぼすことの明らかなものであるとはいえない。

しかしながら、本件において、被告人が、Aの態度に憤激するとともに、予想される同人の攻撃から自己の身体を守るためには、機先を制して同人に攻撃を加えるほかないという、いわば憤激の念と防衛の意思の併存する状態で同人に攻撃を加えたと認めるべきであることは、すでに説示したとおりであるから、本件については、更に、いわゆる誤想過剰防衛の成否が問題となるので、以下、職権をもつて検討する。一般に、行為者が、急迫不正の侵害がないのにあると誤信して防衛行為に出た場合には、行為者の認識(誤認)した、行為を適法とする事実(急迫不正の侵害)に対し、防衛行為が相当性を持つ限り、誤想防衛として故意が阻却され、右の相当性を欠くときは、故意は阻却されないが、いわゆる誤想過剰防衛として、刑法三六条二項により処断されるべきこととされている(最決昭和四一・七・七刑集二〇巻六号五五四頁、最決昭和六二・三・二六刑集四一巻二号一八二頁各参照)。ところで、右にいう「急迫不正の侵害がないのにあると誤信した場合」には、(1)行為者において、急迫不正の侵害に該当する具体的事実自体を、それが現実には、存在していないのに存在すると誤信した場合(すなわち、「侵害」を誤認した場合)のみならず、(2)すでに存在する具体的事実自体に関する行為者の認識に誤りはなくても、これから推測される侵害者のその後の行動に関する判断を誤つた結果、急迫性がないのにあると誤信した場合も含まれると解すべきである。なぜなら、右(2)の場合においても、行為者は、侵害者のその後の行動に関する判断を誤つた結果、結局は、「急迫不正ノ侵害」という違法性に関する(規範的)事実の存否に関する判断を誤つたものとして、前記(1)の場合と同一に論じ得ると解されるからである。そしてこのように解しても、なお、行為者が、その後の侵害者の行動をも正しく予測しながら、単にその法規へのあてはめを誤つた結果、これに対する防衛行為が許されると誤信したにすぎない場合(この場合は、法律の錯誤の一種として故意を阻却されない。)とは、区別されると考えられる。

そこで、右の見解に基づき、本件についてみてみると、被告人が脇差でAの大腿部を突き差そうとした時点において、Aが両手を後方に突いて立ち上ろうとしていただけであり、当時の双方の位置関係等からすれば、いまだ被告人の身体に対するAの攻撃(すなわち「侵害」)が切迫していた(すなわち「急迫」のものであつた)と認められないことは、前説示のとおりであつて、また、被告人には、右急迫性判断の基礎となるべき前記①ないし⑤の具体的事実関係の認識に欠けるところはなかつたと認められるのであるが、すでに認定した事実関係を総合すると、被告人は、「いわしてもうたる。」と言いつつ両手を後方に突いて立ち上ろうとするAの行動に接し憤激するとともに、同人から受けた過去の激しい暴行の経験や、利き腕を使えないという自己の肉体的条件等から、とつさに恐怖にかられ、Aの行動能力を過大に評価した結果、同人に立ち上られれば従前同様たちまち激しい暴行を受けるに至るのは必定であると誤つて判断し、右攻撃から自己の身体を守るには、機先を制して脇差で攻撃するほかないと考えたものと認められるのであるから、本件は、結局、前記(2)の意味において、被告人が「急迫不正の侵害がないのにあると誤信した場合」にあたり、誤想過剰防衛成立の要件に欠けるところはないといわなければならない(なお、所論及び弁護人の当審弁論が正当防衛ではなく過剰防衛の成立のみを主張している点からも窺われるとおり、素手のAに対し被告人が脇差で攻撃を加えた本件においては、被告人が認識した事実を前提としても、防衛行為の相当性はこれを認め得ず、誤想防衛は成立の余地がない。)。

従つて、本件については、いわゆる誤想過剰防衛が成立するのに、これを認めなかつた原判決は、右の点において事実を誤認したものといわなければならず、右事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。原判決は、結局、破棄を免れない。

よつて、その余の論旨(量刑不当の主張)について判断するまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当審において直ちに、次のとおり自判する。

(犯行に至る経緯及び罪となるべき事実)

当裁判所の認定する「犯行に至る経緯」及び「罪となるべき事実」は、原判示「犯行に至る経緯」末尾から四行目ないし三行目に「同人に傷害を負わせるのもやむなしと決意して、」とあるのを、「自己の身体を守るためこれを使用するのもやむなしと決意して、」と改め、「罪となるべき事実 第一」を次のとおり改めるほか、原判決摘示のそれと同一であるから、右のとおり改めた上、これらを引用する。

「(罪となるべき事実)

被告人は、

第一 昭和六一年五月三一日午後一一時ころ、兵庫県姫路市北六条〇〇番地市営住宅〇棟〇〇号所在の実姉B方奥六畳の間前の廊下から、同室内で怒鳴り散らしている実兄A(当時五二歳)に対し、「また、兄貴、何言うとんどい。」と声をかけたところ、座卓の前で座つて飲酒していた同人が、「おどれ、来やがつたんか。いわしてもうたる。」などと怒鳴りながら、いきなり後方に両手を突いて立ち上ろうとしたため、同人のかかる言動に憤激するとともに、従前同人からしばしば加えられた酔余の激しい暴行の経験や、その結果現に右腕骨折の傷害を負わされて利き腕を使えないという自己の肉体的条件等から、とつさに激しい恐怖にかられ、同人に立ち上られても直ちに同人から殴打等の暴行を受ける状況ではなかつたのに、立ち上られればまたしても従前同様たちまち激しい暴行を受けるに至るは必定で立ち上られてからではこれを防ぐ手段はないものと誤信し、憤激の情と防衛の意思の併存する状態で、その防衛に必要な程度を超え、所携の右脇差の鞘を払い、左手に抜身の脇差を持つて室内に入り、両手を後方に突いて立ち上ろうとしている同人の大腿部目がけて一回突き出したが、手元が狂つて、同人の左脇腹を突き刺し、更に、「やりやがつたな。」と言つて体を起こした同人の大腿部に右脇差で一回切りつけ、よつて、同人に左前腹壁刺切創、左腰背部切創、右大腿割切創等の傷害を負わせ、翌六月一日午前六時五五分ころ、同市青山八三三番地の一所在国富胃腸病院において、右傷害による腸間膜等の血管損傷に基づく出血により同人を死亡させ」

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は、Aの急迫不正の侵害に対し自己の生命・身体を守るためやむを得ず脇差で反撃したものであつて、ただ、防衛の程度を超えたにすぎないから、本件については、過剰防衛が成立すると主張する。しかし、本件について、過剰防衛が成立せず、誤想過剰防衛が成立するに止まることは、前説示のとおりであるから、右主張は、これを採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法二〇五条一項に、同第二の所為は、銃砲刀剣類所持等取締法三一条の五、二一条、一〇条一項にそれぞれ該当するので、判示第二の罪につき所定刑中懲役刑を選択するが、被告人の判示第一の所為は、急迫不正の侵害がないのにあると誤想した上自己の権利を防衛するために防衛の程度を超えて行つたもので誤想過剰防衛にあたるから、刑法三六条二項、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で処断すべきところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、重い判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法二五条一項一号により、この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予することとし、押収してある脇差一振り(昭和六二年押第一二二号の一)及び脇差の鞘一本(同押号の二)の各没収につき、同法一九条一項二号、二項本文を各適用する。

(量刑の事情)

本件は、かねて実兄Aから理由のない暴力を受けていた被告人が、判示のような経緯で、刃渡り約四五センチメートルの脇差を持ち出して同人のいる原判示B方へ赴いたのち、同人の言動に触発されて、右脇差でAを突き刺し、死亡させたという事案であつて、かかる重大な結果を惹起させた被告人の刑責をたやすく軽視し難いことはいうまでもないが、右被告人の行為については、前示のとおり、いわゆる誤想過剰防衛が成立する上、被告人が従前同人から受けていた暴行の程度、当日の肉体的条件、Aとの距離関係、同人の態度などからみると、被告人が、Aに立ち上られてしまえば同人から再び暴行を受けるのは必定であると誤信するについては、ある程度無理からぬ事情も存すること、被告人は、Aの理由のない暴行に永年苦しみながら、隠忍自重を重ねてきたものであり、当日脇差を持参してB方に赴いた点も、従前のAの態度、器物(工場の機械等)損壊の告訴に対する警察の対応の遅れ等による被告人の追いつめられた気持を考えれば、それほど強く責められないこと、Aが、傷害、暴行、窃盗などの前科五犯を有するアル中の暴力団関係者で、無為徒食しては、親族に金を無心し、その挙句暴行を働くなどしていたのに対し、被告人は、真面目で気の優しい働き者として親族間の信望も厚く(約二〇年前の罰金刑の前科一犯以外には、何らの前科もない。)、そのため、Aの実子六名を含む親族の全員が、一致して被告人のため寛刑を嘆願していること、更には、被告人が犯行直後に自首しており、その反省の情も顕著であること等に照らすと、被告人に対し、いま直ちに懲役刑の実刑を科するのは、いささか酷に失し、むしろ、相当期間右刑の執行を猶予するのが相当であると認められる。以上の点のほか、記録及び当審における事実取調べの結果に現われた一切の情状を総合考察して、主文の刑を量定した。

(裁判長裁判官野間禮二 裁判官木谷明 裁判官生田暉雄)

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